2014年6月19日木曜日

長生きするには肉を食べるな? 食べろ?

 最近、風呂の鏡で胸のあばら骨が目立つようになり、ガクゼンとしています。10年以上毎朝ストレッチをしていて、その際に腕立て伏せを100回ほどしているのですが、最近はそれもあまり効果がないのか、腕の筋肉も何となく張りがなくたるんだ感じになってきています。タニタの体重計でも、かつてはBMI値(体重kg/身長m/身長m)がチョイ太の23~24あったのが最近は21に近く、また体脂肪率も10を切る有様で、「人生も終わりに近づくと脂肪組織が細って痩せていく」と云いますが、いかんともしがたい加齢に悲哀を感じています。
 ところでわが家はこれまで、どちらかといえば菜食主義というか「伝統的和食」風の食事を主とし、肉食をあまりしてきませんでした。桜沢如一が世界に広めた「マクロビオティック」(玄米菜食)の考え方に賛同し、その流れを汲む人たちの、「長生きしたけりゃ肉は食べるな」(若杉友子)的考え方が正しいと信じてきたからです。しかし糖質制限食という全く逆の考え方があることにショックを受け、また自身の身体の変化から、「肉を食べる人は長生きする」(柴田博)という本を買って読んでみました。するとさまざまな地域で百寿者(100歳以上の高齢者)の調査を行った結果、いずれの地域でも長寿者は若い世代の人たちより肉を多く食べていて、その結果、脳卒中の減少、認知症・うつ・寝たきりの予防に役立っていると云うのです。私たちの身体に最も大切な栄養素であるタンパク質は、20種類のアミノ酸からできていて、多くは体内で合成されますが9種類は合成できず、「必須アミノ酸」として食べ物から摂る必要があります。この時「アミノ酸スコア」といって、その値が100に近いものほど必須アミノ酸のバランスがよいという指標があり、それによると牛乳・卵・肉・魚は100、大豆は86、玄米は68、精白米は65、小麦粉は44で、肉は人間の身体のアミノ酸構成に近く食べたときに無駄がないため、余分なアミノ酸の処理に臓器を酷使する必要がなく、身体の負担が減ってよいのだと云います。この考え方は対象がアミノ酸で糖質とは違いますが、結果的には糖質制限食に近い考え方となり、玄米菜食とは程遠いものと云えます。
 この本を読むうちに「長生き」ってなんだということになり、インターネットで1891年(明治24年)以降の平均寿命の変化を調べてみました(右図)。すると平均寿命が顕著に伸び始めるのはなんと昭和に入ってから(~1926年)のことで、それまでは男女とも「45歳」がせいぜいで、「50歳」を超えるのは戦後初の国勢調査が行われた1947年(昭和22年)以降であることが分かりました。戦後の一時、「戦死」の要素が無くなり大きな上昇がみられますが、1950年代半ばからは上昇傾向が緩やかになり、その流れのまま今日に至っていると云えます。つまりグラフを見る限り日本の伝統的和食が長寿につながっていたとは考えにくく、一方、日本人の食生活が大きく変わったのは東京オリンピック後の1965年と云われ、これを境にコメの摂取量が減り、代わって肉類と牛乳の摂取量が増えたと云われますが、しかしこれもグラフを見る限りその影響を読み取ることはできません。むしろ日本の医療費の急増が始まったのはこのころからです。平均寿命には案外、レジャー、スポーツ、自由などと云った「平和的要素」が大きいのかもしれません。
 ところで以前、こんな話しを聞いたことがあります。明治政府の招へいで日本に30年間滞在し、ドイツ医学を伝授したベルツ氏があるとき二人の人力車夫を雇い、三週間毎日、40キロを走らせたそうです。車夫の食事は米、麦、粟、ジャガイモなどの低タンパク、低脂肪の粗食だったので、氏はドイツ栄養学を運用すべく肉を食べさせたそうです。すると結果は二人とも疲労がはなはだしく募り、走破が不能になったと云います。そこで食事をもとの粗食に戻したところ、元通りに走れるようになったと云います。続いて氏は馬車と人力車とどちらが速いか、東京から日光までの100余キロで競わせたそうです。結果は馬車は馬を6回取り替えて14時間、人力車は一人で14時間半だったそうです。車体の重量差を考慮する必要がありますが、当時の車夫は馬並みの馬力を持っていて、ベルツ氏は一見「粗食」に見える日本食の威力に脱帽したと云います。
 ところで先ほど触れたアミノ酸スコアによると大豆も精白米も100に届かず、数値的には肉より劣ることになります。しかし両者はお互いに相手の不足するアミノ酸を補完する関係にあり、大豆(大豆食品)と精白米(ごはん)を一緒に食べるとスコア的には100を満たすことになるそうです。ということは、肉をご飯と一緒に食べるとかえってアミノ酸に過不足が生じ、それが「肉は食べるな」という結果につながっているのかも知れません。

2014年6月10日火曜日

生産年齢人口 (つづき)

 日本の少子高齢化問題は、私たちが考えている以上に国をむしばみ、活力を奪っているようです。なかでも「日本創生会議」が試算し公表した「消滅可能性都市」は、きわめてショッキングな数字と云えます。いま全国には1,800の自治体があるそうですが、その半分の896自治体で「若年女性」(20~39歳の子供の出産可能な女性)の人口が、2040年までに2010年に比べ50%以上減ってしまうと云う試算です。若年女性が減ると云うことは子供が生まれないわけですから、人口の減少に輪をかけることになり、医療・介護など社会保障の維持はもちろん雇用の確保も難しくなり、都市が消滅しかねないというのです。半減する自治体には県庁所在地の青森市や秋田市、また観光地の函館市までが含まれるというからオドロキです。私が住む宮津市も人口減少が止まらず、いまは2万人を切っている状態にあり他人ごとではありません。
 一人の女性が生涯に産むと見込まれる子供の数を、「合計特殊出生率」と云うそうです。これが「2.07」なら人口が維持できるのに対し、2013年はそれが1.43で2005年に過去最低値(1.26)に達した以降は微増が続いているものの、人口を維持できる水準にはほど遠く、政府もやっと「骨太の方針」に50年たっても人口1億人を維持するという目標を盛り込み、2020年をめどに少子高齢化の流れを変えることを明確にするようです。そして来年度の予算案づくりから、高齢者向けが多い社会保障予算の見直しにも取り組むようなので、高齢者にとっては段々と厳しい状況に追い込まれることになりそうです。
先日テレビで年金問題をやっていて、学生と高齢者に意見を聞いていました。学生たちが遠慮がちに「高齢者の方が恵まれている」と述べているのに対し、マージャンに興じている高齢者たちが、「決して自分たちは恵まれていない。いまの給付額に見合う以上の年金は収めてきた。いまの若者は情けない」と述べているのが気にかかりました。いくら納付されたかは知りませんが、通常であれば給付額は納付額をはるかに上回るはずであり、それに7~8人で1人の高齢者を支えていた時代と、2~3人で支えねばならない今とでは条件が全く違うからです。厚生労働省が5年に1度行う公的年金の財政検証によると、女性や高齢者が働きに出て高成長が続いたとしても、給付水準を少しづつ下げ30年後には今より2割ほど低くしないと、政府が約束する現役世代の収入の50%以上が守れないと云います。ただ、この「高成長ケース」も前提が大甘であるとの指摘があり、今回用意された「低成長ケース」の場合にはいずれも給付水準50%を切り、最悪の場合は35~37%ほどになると云うから深刻です。私たち高齢者もそろそろ真剣に甘えを捨て、自助・共助で今の社会を支えていく気構えを持たないと、子供・孫にツケを残すどころか、自分たちの生活自体が立ちいかないことになりかねません。
 日本の高齢者の年齢階級別人口1人当たりの医療費は、下図のようになるそうです*。これによると高齢者の医療費は年齢とともに上昇しますが、しかし死亡前にかかる医療費(終末医療費)は極めて高く、それも若年齢階級ほど高く、高年齢階級になるにつれそれが低くなることから、長生きするほど苦しまずに終末期を迎えられることが分かるのだそうです。つまり長生きする人ほど「ピンピンころり」になる確立が高いのだそうです。
 宮津市では昨年、地元企業、諸団体、住民参加による「みやづ環の地域づくり推進ネットワーク」が起ち上げられ、私たち「ブルーシー阿蘇」は「Eライフスタイル推進部会」に所属し、高齢者の力を活用した「エコの環」の推進を提案してきました。議論を重ねるにつれ高齢者問題がとても重要であることが認識され、いまは高齢者が率先して社会貢献すべき仕組みを作ろうと議論しています。高齢者の積極的な社会奉仕は地域の利益になるだけでなく、高齢者自身にとっても大きな生きがいとなり、「ネンネンころり」にならない歯止めになると考えられるからです。

高齢者の生存者と死亡者の年齢階級別人口1人当たりの医療費(1998)
 
 * 柴田 博;”肉を食べる人は長生きする”、PHP研究所(2013)