2015年3月23日月曜日

溝尻の舟屋

 天橋立の内海、阿蘇海に面する「溝尻の集落」には、伊根ほど知られてはいませんが「舟屋」(船のガレージ)があります。先日、そこを見学するちーたびがありました。溝尻は私が京都北都信用金庫を始め多くの方々の支援を受け、2002~2005年にかけ阿蘇海のへどろから人工ゼオライトを合成する実験を行っていたところであり、また、ちーたびのチラシに載っていた案内人の2人の船長はよく知っている人たちで、ついなつかしく家内と一緒に出掛けてきました。参加者は15名ほどで丹波篠山、西宮から来ておられる人達もいて、「海」には何か人を引き付ける郷愁のようなものがあるのかと感じました。
実験をやっていたころ、舟屋は度々陸側から見ていましたが、海側から船で見るのは今回が初めてで、全部で40戸ほどある舟屋はちょっとした景観でした。ただ、赤さびたトタンや継ぎはぎが目立ったり、傾いでいたり、船のない空き家があったり、案内する側には「人に見せるほどのものではない」といった気おくれもあったようですが、しかしそこには日常の生活臭が漂っていて、遠方から来た人たちには「そこがたまらない魅力」に映ったようです。ある参加者の話しによると、いま日本を訪れる外人観光客には、観光名所を訪ねるより銭湯に行ったり、たこ焼き・お好み焼きを食べ歩き、日本人の日常生活を体験する人が増えているそうです。観光の魅力とは本当はそうしたものなのかも知れません。
 船長によると、彼が中学生のころ(昭和40年ころ?)はクルマエビなどがいっぱい獲れ、それを運ぶのがよいアルバイトになったと云います。阿蘇海はまさに豊饒の海であったわけです。しかしその後の高度成長で私たちの生活は一変し、それが周りの環境に多大な影響を及ぼし、その結果として阿蘇海の環境もすっかり変わってしまったのでしょう。また、ほんの20年ほど前まで中学校や高校へ生徒を運ぶ連絡船もあったと聞くと、阿蘇海はまさに地域の人々の日常生活の中心にあったわけです。とはいえ、いまでも舟屋前あたりの砂地ではアサリやハマグリが獲れ、また護岸近くに仕掛けをしておくとウナギが獲れると云います。当日のかち網漁の実演でも舟屋近くでクロダイが4匹ほど引っ掛かり、昼食にはコノシロのつみれのまぜご飯、アサリのみそ汁、文珠水道で獲ったカキのフライを頂くことができました。こうした阿蘇海の自然の恵みを目の当たりにすると、「豊かさとはなんだろう」と改めて考え直したりしました。
 私たちはNPO法人として「阿蘇海の環境問題」に関わっています。しかし正直いってほとんどの人は関心を示しません。阿蘇海で魚が獲れなくても、地球の裏側からでも安い魚はいっぱい届き、何も困らないからです。チルチルミチルの青い鳥ではありませんが、人は幸せは遠くにあると思いがちです。そしてグローバリゼーションの流れに乗って近くにあるものの価値を忘れがちです。しかし青い鳥(幸せ)は本当はすぐ近くにいるのであり、阿蘇海の環境にもそうした視点が重要だと考えます。今回、ある漁師さんが当日獲った魚を見せてくれました。その中にかつて阿蘇海の名物だった「金樽イワシ」が1匹いました。いまはほとんどいないとのことでしたが、はじめて見たその姿は銀色に輝き脂がのっていて、とてもうれしく感銘を受けました。
金樽イワシ


2015年3月14日土曜日

料理教室

 3月も中旬になろうとする3/10、今季最高ともいわれる寒波がまた日本全土を覆い、北海道・東北地方は今季何回目になるか分からない猛吹雪を、また被るハメになりました。当地も早朝から天気が急変し、私たちの「料理教室」の日と重なったため、朝から参加者の集まりを、また、予定していた堆肥小屋・畑への案内を心配しました。結局は堆肥小屋・畑への案内は断念し、小型の生ごみ処理機「ちびぞう」を急きょ運び込み、会場の公民館で説明することにしましたが、参加者も2名が発熱、天候が理由で急に取りやめになり、私たちも思わぬ寒波の影響を被ることになりました。しかし料理教室は講師の指導よろしく非常に楽しいものになり、参加者6名のうち3名の男性陣からは、「魚のおろし方、野菜の切り方、ごはんバーグの成型など、初めてのことばかりで面白い」といった声も聞け、料理教室はむしろ男性向けに良いのではと感じました。
 今回勉強した「ごはんバーグ」は肉・卵・牛乳を使わず、玉ねぎ・里芋・じゃがいも・にんにく、それと冷ごはん(白米+玄米+雑穀)でハンバーグの食感を出していますが、ミネラル分が豊富で香ばしく、食べやすいと好評でした。一方の「みやづの幸汁」はさつまいも、じゃがいも、大根、玉ねぎ、ねぎを低温から煮立てた中に、スズキ、イカの切り身を放り込んだだけのものですが、野菜の甘みがよく出ているとやはり好評でした。どちらも宮津特有のメニューとして広められたら面白いと考えています。
 交流タイムでは私たちの「エコの環」野菜の販路として、もっと都会に目を向けてはどうかとの意見が出ました。これは「エコの環」の拡大(グローバル化)を意味します。収益性を考えればその方が有利かも知れませんが、しかし少子高齢化が進むなか、「エコの環」を高齢者ビジネスにするだけでなく、その安心・安全な健康野菜を地域の健康づくりにも活かしたい、というのが私たちの思いであり、やはり小さな循環(ローカル化)にこだわっていきたいと考えています。また、アトピーとか食育といった問題も話題になりましたが、こうした問題こそ地域で取り組むべき課題であり、今後はこうした面にも目を向けていきたいと考えています。
 当日の朝、朝日新聞の記者から「料理教室を取材してよいか」と断りの電話がありました。断る理由もないので午前中いっぱい取材をしてもらいましたが、翌日それが丹後・丹波版に掲載されました。

2015年3月5日木曜日

介護難民

 先日のテレビで年金の「マクロ経済スライド」を取り上げていました。厚生労働省がこの4月から発動することを決めたからです。この制度は小泉首相のときの2004年に、「100年安心プラン」として導入されたものです。年金財政の大幅な悪化を避けるため、インフレ時に一定の調整額を年金支給額から差し引いて年金の伸びを抑え、その代り現役世代の所得の50%以上は受け取れるようにしようとしたものでした。しかし日本経済は長くデフレが続いたため、これまで一度も発動されたことがなく、そのため年金の支給額は現役世代収入の62.7%と高止まりしていて、若い世代への負担のしわ寄せと不公平感が問題になっていました。今度の発動では賃金・物価の上昇分に合わせ、本来なら2.3%アップのところを0.9%の上昇に抑えるそうです。
人口構成(2015年)

 いま国会では来年度予算案が審議されていますが、予算総額96.3兆円のうち社会保障費が31.5兆円、国債の償還・利払いが23.4兆円で、両者だけで歳出の6割近くを占め、税収の54.5兆円も両者で使い切ってしまう内容になっています。これから高齢化がますます進むなか、日本の財政は極めて厳しい状況にあることが分かります。
 右図はいま現在(2015年)の日本の人口構成を示しています。いわゆる「団塊世代」とその子供たち「団塊ジュニア世代」のところに、大きなピークがあります。この2つの世代が生産世代(15~64歳)を代表していた1995年頃は、生産年齢人口が8,716万人と史上最高を記録し、介護が問題となる後期高齢者も717万人ほどで、12.2人で1人の後期高齢者の面倒を見ればよかったわけです。しかしピークの一つの団塊世代が生産世代を抜けたいまは、高齢世代の急激な増加と生産年齢人口の急激な減少が同時に起きたため、その比率は実に4.7人に1人となり、団塊世代が後期高齢者となる10年後の2025年には3.3人に1人となって、要介護者・ヘルパーの急増、いわゆる介護の爆発が予想され、生産世代はもちろん、日本全体に非常に大きな負担が生まれてきます。
 四国で最も人口の少ない町、徳島県の上勝町では、「つまもの」といわれる料理に添える葉っぱを高齢者ビジネスにすることに成功し、80歳を超える高齢者が元気に働いているそうです。そして町の老人ホームは入居者が少なく、閉鎖されていると聞きます。高齢者問題を解決するカギはこのように、いかに高齢者に生きがいを持たせるかにかかっています。私たちの「エコの環」も高齢者の生きがいを狙ったものであり、何とか早くお役に立ちたいと考えています。

* 藻谷浩介;デフレの正体、角川oneテーマ21、2011



 




2015年2月28日土曜日

少年事件

 川崎市で中学1年の少年が殺害された事件が、連日テレビ・新聞で報道されています。ほんの13歳の少年がカッターナイフで殺害されたと聞くと、さぞ怖かったであろうとこちらまで身震いする思いです。犯人として遊び仲間の少年3人が逮捕されたようですが、こうした事件が起きると必ず、少年たちを取り巻く環境(学校、家庭、地域)はどうであったか、少年法はいまのままでいいのかといった問題が議論されます。実際、今回の事件で自民党の稲田政調会長は、少年法の見直しを含めた検証が必要と語っています。しかし最近の少年事件をみると、「相手は誰でもよかった」とか「一度人を殺してみたかった」とか、信じられないような犯行の動機が語られます。今回の事件の主犯格の少年にしても普段はおとなしく優しいが、キレると手が付けられないほど狂暴になったと聞くと、単に環境とか少年法で片付く問題ではなく、もっと根本的な別の要因があるように私自身は感じます。
ミネラル不足ではアメリカの少年院で行った食事に関する実験調査から、5つのビタミンと4つのミネラル不足が狂暴性に関係していることに触れました。また、食品汚染では、かつて家庭のしつけの問題と捉えられていた最近の子供たちの落ち着きのない行動が、実はADHD(注意欠如症)という神経性疾患で、やはりビタミン・ミネラルの不足に加え、食品添加物や農薬、その他化学物質の摂取が疑われていることを記しました。最近の野菜は土壌の腐植(有機物)不足からビタミン・ミネラルが不足していると云われますが、そのうえに食品が高度に加工され、「高精白」、「高タンパク」、「高脂肪」、「高カロリー」、「高砂糖」の五高が進み、その結果としてビタミン・ミネラル・食物繊維が決定的に不足し、「現代型栄養失調」に陥っている人が多いと云います。畑には窒素・リン酸・カリの他にミネラルの補給が重要であり、私たちの「エコの環」野菜が栄養価が高くおいしいのは、生ごみからバランスの良いミネラルの補給があるからで、私たちがそれでもって身体と心の健康づくりを目指す所以でもあります。

 鈴木雅子;その食事ではキレる子になる、KAWADE夢新書、2001

2015年2月21日土曜日

料理教室

 京都府との協働事業”ちーたび”を来月の3/10(火)に実施します。今回は「エコの環」野菜を使った料理教室を開く予定です。時期的には野菜の端境期に当たりますが、講師にオーガニックレストラン、ビオラビットのオーナーシェフ対馬則昭氏を招き、そのときにある野菜を使って簡単に作れる、「ごはんバーグ」と「みやづの幸汁」を作りたいと考えています。どちらも昨年11月に行われた環境イベント「アースガーデンみやづ2014」で調理・販売したもので、対馬さんと私たちが考えたオリジナルな健康料理で、結構好評でした。
「ごはんバーグ」はもともと対馬さんが、野菜嫌いなお孫さんのために考えられたものですが、事前の調理・試食会で、ごはんに白米だけでなく玄米、雑穀などを混ぜると香ばしく、ピチピチ感があっておいしく食べられることが分かり、栄養価の高い料理になると考えています。一方の「みやづの幸汁」ですが、南フランスの漁師町で作られていた郷土料理に、雑魚やエビ、カニ、貝類を塩味でごった煮にした「ブイヤベース」という料理があります。フランス料理が「魚のごった煮」なら、こちらは「野菜のごった煮」を作ろうと、有り合わせの野菜をたっぷり入れたところに、皿あるいはどんぶりに取ったとき、魚も一口程度あるように身離れの良い魚を入れ、塩味だけでぐつぐつ煮たものです。アースガーデンみやづ2014のときは「さんきゅう」というフグ科の魚を使い、塩味には対馬さんが作って販売されている「サーディンソース」を使いました。野菜を水から煮立てると、お湯の温度が37~40℃くらいのとき、酵素の働きで野菜のでんぷん質が糖に変化すると云われ、野菜の甘みがすごく出て好評でした。そして野菜と魚に宮津産のものを使うことから、ある女性の発案で「みやづの幸汁」と命名し、販売したのでした。
 ちーたびの実施日時は3/10(火)の9:30~14:00で、宮津市・吉津地区公民館に集まった後、私たちの生ごみ処理法(宮津方式)と畑を見学し、その後に公民館で調理実習と料理の試食会、交流会を持つ予定です。参加費用は1人2,500円で、定員は15名です。参加をお待ちしています。なお、問い合わせ、申し込みはTel & Fax 0772-46-4943か、メール(いずれも松森)でお願いします。
toyomi55@beige.ocn.ne.jp

* 南雲吉則;空腹が生き方を教えてくれる、サンマーク出版、2013

2015年2月12日木曜日

”ピンと活き生き” 宮津ライフ

 私たちは生ごみの循環システム「エコの環」を、高齢者ビジネスに育てたいと頑張っています。日本の高齢者問題は非常に深刻で、2025年にはいわゆる団塊の世代が75歳を超えるようになり、そうなると要介護者・ヘルパーの急増(福祉需要の爆発)が大問題になると予想され、高齢者がよほどしっかり自助努力をして生きていかないと、日本は破たんしかねない状況にあるからです。* こうした考えから宮津市の市民組織「みやづ環の地域づくり推進ネットワーク」が行う、「”ピンと活き生き”宮津ライフ」にも部会長として協力しています。65歳以上の高齢者を対象とするその運動では、
 ①自助・共助で、ピンと元気に長生きする暮らし方
 ②旬の地元野菜を多く食べ、適度な運動による健康的な暮らし方
 ③エネルギーや資源を大切にした、持続可能な「少エネ」、「少資源」の暮らし方
 ④地元を元気に明るくする暮らし方
の4つの暮らし方を提案しています。①は先般閣議決定された来年度予算を見ても分かるように、総額96.3兆円の内、社会保障費(31.5兆円)と国債の償還・利払い(23.4兆円)だけで6割近くを占め、しかもこの2つで税収の54.5兆円を食ってしまいます。今後の高齢者の急増、生産世代の減少を考えると財政は破たんしかねず、私たち高齢者にもかなりの覚悟が求められるからです。②は健康に生きるための食生活の改善と、運動による体力の維持をお願いしています。③は地球温暖化による世界的な異常気象はもはや疑いもなく、エネルギーや資源の「省」ではなく「少」への協力をお願いし、いまごみとして捨てているものの資源化を積極的に進めていきたいと考えています。私たちが活用を進めている「生ごみ」も、燃やせば24円/kgの費用がかかりますが、野菜づくりに利用すれば240円/kgの付加価値が生まれるからです。④は高齢者が現役時代に身に付けた知識・経験・技術は地域の貴重な財産であり、それらを有効に活用して地域を元気にしてもらおうとするものです。そのまま活かすことはできないにしても、いろいろな活動面での応用は可能であり、地域の大きな力になることが期待されます。ただ先日、社会福祉協議会の方と話しをしていると、いろんな催しものに女性は積極的に参加してくれるが、男性はなかなか出てこず、引きこもりがちであるとのことでした。男性にはそれなりのプライドもあり、気持ちが分からないこともないのですが、「エコの環」を例に考えると、プチビジネス(小遣い稼ぎ程度のビジネス)としてなら男性を引っ張り出すことも可能かもしれず、今後いろんなプチビズを作っていきたいと考えています。
 ”ピンと活き生き”宮津ライフでは、以上の4つの暮らし方に対し40項目ほどの行動課目を掲げ、毎月それらが実施できているかを採点し、3か月経ったところで合計点を出し、20点につき1回の抽選を行って、当選者に地元の産品が当たる仕組みにしています。第1回の抽選会は昨年の12月に実施しましたが、残念ながら応募者はわずかに43人でした。私たちの周知の仕方に問題があった訳ですが、いろいろ聞くと20点に達しなかった人も結構いたようです。お陰で応募者には全員賞品が当たり、中には4つほど当てた人もいて応募者には大変喜んでもらいました。第2回目の運動はこの2月からスタートし、5月に抽選会を予定していますが、こうした活動により高齢者がピンと元気になり、積極的に地域活動に参加して生きがいを見出してくれることを願っています。

* 藻谷浩介:デフレの正体、角川ONEテーマ21、2011

2015年1月31日土曜日

Facebookページの公開

 昨年下半期から京都府のソーシャル・ビジネスプログラムの支援を受け、「エコの環」事業の自立をめざし、その拡大に努めています。その一環として始めた京都府との協働事業「ちーたび」を広く宣伝したり、また、「エコの環」野菜の販路を拡大するのに、やはりフェイスブックの力が必要かとフェイスブックページを公開しました。
 実はフェイスブックは数年前、長男が自分の家族の状況を伝えるのに利用し始めたとき、わが家も個人アカウントを開いたのですが、続々と入ってくる「この人知り合いではありませんか?」というメール案内がうっとうしく、以後フェイスブックからのメールはすべて消去し、フェイスブックも開いたことがなかったのでした。私も友達は多い方が良いとは思いますが、メール案内された人がたとえ知っている人であったとしても、あえてその人と友達関係になり、その人の近況を知りたいとまでは思いませんし、私自身もNPO活動の内容ならともかく、個人の近況を人に伝えたいとは思わなかったからです。しかし多くの店やNPOがその宣伝にフェイスブックを利用しているのを知るにつけ、やはりフェイスブックで「ブルーシー阿蘇」の活動を伝えていくことも大切かと考えるに至りました。
フェイスブックに企業や団体の情報発信用の「ページアカウント」があるのを知り、今年の正月、長男家族が帰ってきたのを幸い、長男とページアカウントの作成にかかりました。しかし作業を進めていくとまず基本情報の入力が求められ、その中にどういったことを入力するのか分からないことがあったり、入力しても受け付けられなかったりして、やはり手引きの本がないとダメかと、正月明け早々に本屋に出かけ、「かんたん・・・・」という本を買ってきました。しかしその本を見ても説明が不十分で、基本情報の入力にはずい分てこずりました。さらに作業を進めていくと本には書いてないことがいろいろ多く発生し、散々苦労させられました。たとえば会社の「大事な出来事」では、タイトルや日時、詳細、写真を入力後「保存する」を押すと、ボタンの横で小さくチカチカ光るものが走るのですが、ときにどういうわけかチカチカしないときがあり、それに気づかずどんどん作業を進め、翌日ページを開くと前日入力したはずの画面が全然保存されておらず、パニックになることが何度もありました。また保存されるときもチカチカ光って入力した画面にすぐ切り替わるときと、チカチカしても旧画面のままのときがあり、そのとき何度「保存する」を押しても切り替わらないときは、どうしてよいか分からず頭に来ることも再々でした(もっともその後、そうしたときは一度フェイスブックの画面を閉じ、新たに開けば新画面に切り替わっていることを知りましたが)。また、一度登録した何枚かの写真の一つを除去しようとしてもそれが不可能であったり、本には記載されていないことで散々苦労し、「何がかんたん・・・・か」と何度も本に当り散らしたりしました。そういえばいまから15~16年前、はじめて電子メールを利用しようとした時もなかなかうまくいかず、娘から「誰もが簡単に利用し始めているのに、何をそんなにモタモタしているの?」と笑われたり、ブログを開設したときも散々苦労したことを思うと、何を始めるにも不器用にできているようです。とはいえ何とかフェイスブックページを公開しましたので、一度覗いてみて下さい。
https://www.facebook.com/bluesea.aso