松江市教育委員会が漫画「はだしのゲン」を閲覧制限し、その後撤回した問題が大きな話題になっています。一市民からのゲンの撤去を求める陳情に対し、市議会の教育民生委員会で審査を行った際、「作品に目を通して判断しよう」と5人の市教委幹部がゲンの全巻を通読し、5人全員が共通して、10巻にある旧日本軍の戦場での行為に係わる描写を問題視したそうです。最も敏感に反応したのが当時の女性教育長で、「こんな描写を発達段階の子供に見せていいのか」と、児童の目から遠ざけることしか考えられなくなり、市議会が「議会が判断することではない」と、陳情を全会一致で不採択したにもかかわらず、市教委幹部の独断で小中学校の校長に閲覧制限を要請したというのが真相のようです。作者の故中沢啓治さんの奥さんもご主人がこの場面を描くとき、「残酷すぎるのでは」と忠告されたようですが、「きれいな戦争というのはないんだ」と相当の覚悟をもって描かれたと云います。新聞には問題視されたコマも掲載されていましたが、戦争の実態とはこうしたものなのではないでしょうか。私も先の戦争で軍艦に乗っていた人の話しを聞いたことがありますが、戦いが始まると甲板は肉片、血のりでベトベトになり、足を取られて走れないのだそうです。戦争は決して映画で見るような華々しいものではなく、その現場は見るに堪えない狂乱地獄で、みな錯乱状態に陥ってしまうのです。
以前、あるテレビのドキュメンタリー番組で、どこかの農業高校だったと思いますが、先生の指導の下に生徒たちがニワトリを育て、大きく成長したところでそのニワトリをつぶして解体し、その肉でカレーライスを作って食べるまでの教育実習を放映したことがあります。ニワトリの世話をよろこんでやっていた生徒たちが、いよいよそのニワトリをつぶし解体する段になると、みなそれまでとは打って変わった真剣な表情になり、血にまみれた現場を見た女子生徒などは、恐怖で泣き出したりしていました。そしてカレーライスを食べるときはみな涙をポロポロとこぼし、泣きながら食べていました。実習終了後はどの生徒も真剣な表情で、「いままで何も考えず食事をしてきたが、食事とは命を頂くことだというのがよく分かった。これからは感謝して食べるようにしたい」と語っているのが印象的でした。
我々が生きていくにはきれいごとだけではことは進みません。かならず見るに堪えないイヤなこと、つらいことが付随します。まして戦争においてはみな狂乱状態にあり、そうしたことは何十倍にも増幅されると思います。しかしそうしたイヤなこと、むごいことを直視することで人間は真面目になれるのであり、どうしたらよいかを真剣に考えるようになるのだと思います。松江市教育委員会の今回の行動は、いささか事なかれ主義に走ったと云われても仕方がないのではないでしょうか。
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